通り道 2
「つまり、こういうことなんすよ」
ヒガシと名乗る青年はシャツの袖をまくりながら言う。
「注文が詰まっちゃってて、ラチがあかないんす」
「詰まるって、どういう・・・」
僕の言葉を待たずに、彼はすばやくパソコンを開く。ログのような文字が流れ、ある箇所で止まっている。
「これ、うちのシステムなんすけど、途中からバグってて」
「それを、僕に直してほしいと?」
彼は軽く笑いながら、椅子に深く掛けなおす。そして店員の方へ手を挙げる。
「コーヒー、アイスでいいっすか?」
青年と待ち合わせたのは、駅から十分ほど歩いた雑居ビルの一階だった。
厚い扉の奥には、無機質な空間が広がっている。コンクリート壁の、窓のない喫茶店。ピアノの旋律が同じフレーズを繰り返している。
「俺、あの人・・伯母さんに拾われたみたいなもんで」
運ばれてきたアイスコーヒーには縁まで氷が入っている。
「まあ、日頃の恩ってやつっすよ。こういうときくらいは」
「どのあたりに不具合があるんですか?」と僕は聞く。
「おかしいのはわかるんすけど、俺じゃ無理で」
青年は、運ばれてきたグラスをこちらに寄せる。
「あの人に言われたんすよ。甥っ子さん、そういうの得意だって」
僕は首をすくめ、視線を落とす。グラスを手にしたが、冷えた感じがしない。
「でも、書けるんすよね?」
「触ってはいます。でもこういう、大事なものは」
「俺らが良いんだから、問題ないんじゃないっすか」
青年は食い入るように言ったあと、少しだけ表情を緩める。
「すみません。こういうお願い、迷惑ですよね。せっかく東京まで来たんだし」
彼は笑いながらも画面をこちらに向けたままにしている。
「嫌ってわけじゃないです。ただ」
「ただ?」
「他人のコードを触るのは、呼吸を合わせるのに時間がかかるというか。勝手がちがうと、うまく動かなくなるんです」
「なるほど。職人っぽいっすね」と彼は少し顔を引きながら言う。
「そんな大それたものじゃなくて」と僕は訂正する。
「俺、そういうの好きですよ。そういう”間(ま)”でやってる人」
彼の言葉に、僕は口をつぐむ。
店の音楽が止み、かすかに空調の音がする。グラスの氷がひとつ、小さく音を立てて沈む。
青年の目は、こちらを見据えている。
Ken Natsuki's Blog