2026-04-01#掌編小説

春の文鳥

ひとつのできごとをきっかけに、自分のなかの核のようなものが揺さぶられる。その後は生き方のレベルで、自覚的な変化が起きる。こうしたことは、生きているうちにそう何度も起きるものではない。しかし誰にでも、望もうと望むまいと、何度かは訪れるものかもしれない。「あのことがあったから、今がある」とか「あのことさえなければ、今頃は...」とか、因果を語る人は少なくない。

一方、ほとんど忘れかけていたできごとが、心の水面下にそのままの形で、保存されていることがある。気付かぬうちに自分の行動の多くが、そのできごとに影響されている。そして、おおむねその事実は意識されることがない。たとえ意識されたとしても、その影響が何であるかを、紐解くことは難しい。わかることと言えば、なぜだかわからないのに、ただそのできごとが気になってしまうことくらいだ。

僕にとって彼女の話は、おそらく後者になるのだろう。その話を聞いたとき、たしかに心を動かされた。胸を打つ話だったし、語ってくれたことに感謝した。しかし、それはどこまでいっても、やはり他人の話であった。彼女には悪いけれど、生活のなかですっかり忘れてしまっていた。ただその話は、長い時間をかけて僕のなかに沈みこんでいた。いつしか、消えないものになっていた。僕はその話について、できるだけ正確に、ただ書いてみようと思う。

その春の朝、彼女は僕に文鳥の話をしてくれた。

「その日もまた、朝になっても布団のなかで目をつむったままでいたの。もう何日もまともに眠れてなくて、頭がぼんやりしてた。気がつくと、いつものように言葉が、ぐるぐると巡りはじめるのね。夢に近いような感じなんだけれど、眠れているわけじゃない。眠りの手前までいくのに、そのたびに言葉の渦にからめとられる。そして、固い地面に跳ねかえされるみたいに、意識が戻ってしまうの。

先生にもらった薬は試してみた。でも、今度は無理に眠らされているみたいで、やめてしまったの。どうしても体が受けつけなかった。とくに目覚めに近づいているときが最悪だった。目を開けたいのに開かなくて、誰かに肩を押さえつけられているみたいに、強いられた眠りにまた沈んでいくの。水面は見えているのに、息ができなくて苦しくなるような。もう、あんなことは二度と味わいたくない。

そうして薬をやめると、また頭の中で言葉が止まらなくなるのね。消そうとしても、こんこんと湧き立って、どんどん膨らんでいくの。言葉がイメージを生んで、目覚めたまま夢みたいになっていく。眠ろうとしているときにこれがくると、けっこう辛い。そうやって苦しんでいると、もともとこうなったきっかけも、言葉に関係していたんだって思い出すのよ。

その頃の私は、通訳の仕事をしていたの。ちょうど新しい会社に移ろうとしていた。あなたと出会う少し前のことね。昔から外国語の文学が好きだったから、コツコツと磨いた語学で仕事に就けるようになって、嬉しかった。

とくにお芝居が好きだったの。生きた言葉が、身体に入ってくる感じがあってね。父がたまに劇場に連れていってくれて、帰ってくると、しばらくその台詞を口に出してた。意味がわかっているわけじゃないのに、「言葉、言葉、言葉」って、わざとらしくつぶやいてみたり。白い鳥のまねをして、「わたしはカモメ」なんて言ってみたり。いま思うと、ずいぶん変な子どもだったけれど、そんなふうにして、言葉を覚えていったのよ。

前の職場では、それなりに楽しくやれていたわ。でも、どこか新しい場所で、自分の力を試してみたいって思うようになった。それで、ビジネス会議の通訳を専門にしている、外資系の会社に移ったの。

そこは前の職場とはずいぶん違っていたわ。同僚と雑談するような空気もなくて、ただ、それぞれが自分の仕事に集中している。雰囲気は少し冷たいくらいだったけど、そのぶん通訳そのものに向き合えるし、実力に応じて報酬も変わる。そういうところに、私は惹かれていたのよ。ちょうどその頃は、世の中では外出が制限されてたから、自宅のマンションから働けることも都合がよかった。

はじめのうちは、やっぱり大変だったわ。会話は専門的で、ニュアンスをつかみにくいことも多い。ほんの少し聞き逃しただけで、全体の流れが崩れてしまう。通訳という仕事自体は前と変わらないのに、求められる精度がまるで違っている。でも、その分だけ、うまく訳せたときの手応えもはっきりしていたの。自分の中で、言葉がぴたりとはまる瞬間があった。ああ、いまちゃんと芯でとらえられた、ってわかるのよ。そういうときは、ほんとうに嬉しかった。

そうして通訳の数をこなすうちに、仕事には少しずつ慣れていった。そして、だんだんとのめりこんでいったの。もっと難しい案件をやってみたい、とか。もっと正確に、もっと速く。そう思うようになっていった。お客さんも少しずつ増えていって、任される会議の重要度も上がっていったの。大きな企業の重役が出てくるような場にも、呼ばれるようになっていたわ。プレッシャーはあったけれど、それを乗りこえていく楽しさがあった。仕事そのものに、手応えがあったのよ。ああ、ちゃんと生きているなって思えたの。

振り返ってみて思うのは、ああいう自分の良い状態を保てるように、自分自身をコントロールできていればよかった、ということなの。ときどき、歯止めがきかなくなってるな、って思うことはあった。でも、のめりこんでいるときって、なかなか止まれないじゃない。そのうちに成績が上がっていくのがうれしくなって、気がつけば、引き受ける仕事もどんどん増えていったのよ。こなせるか不安に思うこともあったけれど、期待に応えたくて、なんとかやり切ってしまっていたの。

プライベートで外に出ることもほとんどなかったし、一緒に暮らす家族もいなかったから、自由に使える時間は、ほとんど家での仕事にあてていたわ。欧米とのやりとりが多かったし、時差の関係で、生活は自然と昼夜が逆になっていった。会議の準備には思った以上に時間がかかったし、業務の合間にも、技術を磨くための勉強をつづけていたの。ただ、少しきつくなってきても、やっぱり期待に応えたい気持ちのほうが強かったのよ。

まあ、でも、体力の問題だけだったなら、まだよかったのかもしれない。無理が重なっていたさなかで、あのことが起きてしまったの。それが、引き金になったんだと思う。会社にとって大事な案件で、あの男に出会ったのよ。



夏木 絃

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